卓球の歩みと指導実績

卓球の歩み

明徳義塾卓球道場にて


中学校入学後では野球部の入部テストを受けましたが背が低いという理由から入部できませんでした。

その時、小学校の先輩から卓球部に誘われたことが卓球との出会いでした。

当時は、背の高い人は野球部、バスケット部、バレーボール部に入部しておりましたが、背が低くチョコチョコ動くことが得意な私には卓球競技が向いていたのかもしれません。

また、練習の努力が実って中学3年生のときには、地区で1番になっていました。


高校入学後は卓球をするつもりもなく高校生活を楽しむつもりでした。

しかし、卓球部顧問の先生が私をインターハイと国体(地元開催)出場させてあげるからと何度も説得され入部しました。

しかし、高校3年生のときには県内でベスト4に入れるようになりましたが、予選当日には調子が悪く負けてしまいました。

高校2年生のとき団体戦で第1シードのエースで個人2位の選手と初戦で対戦しましたが、当時個人ベスト16の私がなんと2-0で勝利してしまいました。

その試合は今でも思い出せるほど嬉しかった試合でした。


高校2年生の東海選手権では、県内で2名がランキング入りを果たしました。
そのうちの一人が私で、もう一人が下記の全国ベスト8入りした選手でした。
全国の高校ベスト8の選手と県内で合宿があり県内のベスト8の選手と対抗試合がありました。

その中に選ばれた私は全国の選手2人に勝つことができました。

本当にビックリしました。

また、全国選抜大会の県予選では悔しくも次点の3位で出場を逃しましたが、県予選で私が勝った選手が全国大会ベスト8に入賞したことが大変嬉しく思いました。


2年生から3年生のインターハイ・国体予選までは常にベスト4にランクインしておりましたが、予選当日に体調を崩し2年生の時と同じように次点の5位で出場を逃しました。


運よく高校の先輩により大学の卓球部に推薦入学できました。

入部してわずか4カ月でコーチのもと大学選手権団体のメンバーに入ることができるまで急速に上達しました。

中学高校と指導者に恵まれなかった私にとっては本当に嬉しいことであり、コーチのアドバイスがこれほどまで実力を向上させるものだと言うことを実感しました。


しかし、練習とトレーニングのやりすぎが腰痛など身体を壊し、団体メンバーはもとより選手としての継続を断念しなければならなくなりました。


その後は、母校の女子生徒を顧問のアシスタントとしてボランティアで指導をさせていただきました。

指導実績

生徒さんの指導


私は、この方法を使って女子のインターハイ出場選手を5名ほど育ててきました。

その中の一人は惜しくもランキング入りを逃しましたが、全国ベスト16に入っております。

さらに、高校から始めた初心者の女子をインターハイまで出場させることができました。


私が自慢できることは、一つ下の男子を最後のインターハイ予選で県内ベスト64からベスト8に入賞させたことです。
この後輩はほぼ初心者から始めて2年間は私の練習相手をしてくれましたが、彼の日々の絶え間ない努力により実力を磨きあげてきておりました。


そして、インターハイ県予選当日には私がベンチに着きました。

彼の実力は私の予想を超えたものになっておりましたがベスト8決定戦の時には私がアドバイスをしました。

それは、彼の得意なブロック技術を前面に出し、相手の得意なスマッシュを相手がミスをするまで取り続けるように指示をました。

さらに、スマッシュチャンスのボールを彼が打とうとしたとき、私は大声で「打つな!」と言ってしまいました。

スマッシュをストップに変えて相手の予想に反した試合展開をしたのです。

これで流れをこちらに引き込んだおかげで、見事彼は高校最後の試合でベスト8の地位を手に入れました。


試合終了後に相手の顧問に御挨拶をしに行ったとき、ひとこと言われました、それは、「イヤな卓球をさせたな、おまえみたいだ」と、そうですいくら強い選手でもイヤなタイプの選手はいるのです。

当時の私は、そのように後輩を指導しておりました。

怪我に泣かされ全国出場を逃し、現役選手続行を断念しました!


高校3年生のときには県内でベスト4に入れるようになりましたが、予選当日には調子が悪く負けてしまいました。


高校2年生のとき団体戦で第1シードのエースで個人2位の選手と初戦で対戦しましたが、当時個人ベスト16の私がなんと2-0で勝利してしまいました。

その試合は今でも思い出せるほど嬉しかった試合でした。


高校2年生の東海選手権では、県内で2名がランキング入りを果たしました。そのうちの一人が私で、もう一人が下記の全国ベスト8入りした選手でした。

全国の高校ベスト8の選手と県内で合宿があり県内のベスト8の選手と対抗試合がありました。

その中に選ばれた私は全国の選手2人に勝つことができました。

本当にビックリしました。


また、全国選抜大会の県予選では悔しくも次点の3位で出場を逃しましたが、県予選で私が勝った選手が全国大会ベスト8に入賞したことが大変嬉しく思いました。


2年生から3年生のインターハイ・国体予選までは常にベスト4にランクインしておりましたが、予選当日に体調を崩し2年生の時と同じように次点の5位で出場を逃しました…。


そして、運よく高校の先輩により大学の卓球部に推薦入学できました。


入部してわずか4カ月でコーチのもと大学選手権団体のメンバーに入ることができるまで急速に上達しました。

中学高校と指導者に恵まれなかった私にとっては本当に嬉しいことであり、コーチのアドバイスがこれほどまで実力を向上させるものだと言うことを実感しました。


しかし、練習とトレーニングのやりすぎが腰痛など身体を壊し、団体メンバーはもとより選手としての継続を断念しなければならなくなりました。


その後は、母校の女子生徒を顧問のアシスタントとしてボランティアで指導をさせていただきました。